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せいあらば
生あらば
豊島 与志雄
「文章世界」1917(大正6)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,046 字 · 47 页
ふり返ると、其処にまた老婆の顔がげらげらと笑った。……彼はくるくると室の中を廻り初めた。大きい旋風が起ってその禍の中に巻き込まれた。無数の老婆の顔が急速な廻転をなして彼を取巻いた。彼は眼がくらんできて息がつまり気が遠くなった……。
はっと息を吐くと、全身汗にぬれていた。腹巻のあたりが気味悪くねとねとしていたので、そっと両手で風を入れた。そしてそれも夢の中のようであった。電燈の光りが漠然と彼の瞳孔に映じた。そして頭はひとりでに働いて、混沌たる夢幻の跡を追った。
翌朝、朝日の光りを見ると、壮助は急に飛び起きた。台所で顔を洗っていると、お婆さんが声をかけた。
「いつもお早うござんすね。」
彼は何とも答えなかった。そして冷たい水をむやみと頭に浴びせかけた。それから二階の廊下に出て、新鮮な朝の空気を呼吸した。それは彼の毎朝の僅かな努力だった。
然し彼の頭の中には、不安と焦慮とが凝り固っていた。そして彼の前には、惰性に引きずられたる単調なる生活の勤めがあった、礼譲の衣に術策を包んだ卑屈なる同僚と、人種と時代とを異にしたような眼附で彼を眺むる生徒とがあった。そして疲労と倦怠とを担って帰って来る彼は、更に老婆の金の誘惑と、渾沌たる光子の容態と、活動の俗悪なる空気とに迎えられた。