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しょうがいのかきね

生涯の垣根

室生 犀星

「新潮」1953(昭和28)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,267 字 · 22 页

青空文庫

はんこを捺して人間の身柄を引取ったこともはじめてだったが、変な気のものであった。

「湯にはいったらどうか。」

「済みません。」

ちょうど、品川近くの風呂屋の前にかかったからである。

民さんは二三日の留置場の生活がよほど応えたと見え、松の手入れをしていながら、ここでこうしていた方がどれだけいいか分らないといった。ああいうところには、二度と行くものではないと、彼も民さんの手つだいをしながら、柔らかい日ざしの晩春をたのしんだ。どういうものか民さんはよく顔をこするくせがあって、泥の手で顔をこするのですぐ顔はよごれて、くろくなった。そのたびに彼は白い少年のようなきんたまを眼にうかべた。

なりの高い早足のこの男とあわない日はなく、はじめて家を建てた時の植木屋というものは、こんなにも親身に可愛くなるものかと思われるくらいだった。何をするにも民さん、何を食うのにも民さんというふうに、お昼のお菜まで彼は民さんにわけるようになっていた。君ちょっと肩を叩いてくれとか、雨のふる日は納屋にはいって竹の簀子を編もうとか、ある一処にとくさを植え合い顔をつき寄せたり、二人で植木溜に行くために奥馬込の田圃道を行き、くたびれると、おい一服しようと土手の草の上に跼んで煙草を喫み、ほとんど終日食っ附いて一日をくらしていた。