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たはらしのはんざい

田原氏の犯罪

豊島 与志雄

「黒潮」1917(大正6)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页

青空文庫

旦那もうまいこと良助に教えたもんだと、つくづく感心しやしてね……。」

「それで?」

「一つ酒をやめてやろうと決心したんですがね。」

「うまくいかないのか。」

「そうだ、うまくいかねえんですよ。第一うまくいく道理がねえじゃありませんか。酒でも飲まなけりゃ身体のうちに火が無くなってしまいまさあね。私はね、誰かにきいたことがあるんですよ。人間に一番大事なのは身体のうちの火だってね。その火を消しちゃあそれこそ本当に死んじまいまさあね。」

田原さんは何とも答えないで、じっと徳蔵の顔を見つめた。日に焼けた顔が酒のために赤く熱っている。濃い眉毛と、低く頑丈な鼻と、厚い唇、それらのものが、夏の炎熱と酒の温気とに燃えてるようである。

「それにね旦那、」と徳蔵は続けた、「外はこの通り暑さに燃えてるんだ、身体の中だって燃やさなけりゃあ調子が取れねえというもんでさあ。それにまた寒けりゃ寒いでね、内だけでも燃やしておかなけりゃやりきれねえんですよ。ですがね、私はよく覚えてまさあ。『酒は飲んでも構わない。死んではいけない。』それもね、良助に云わせると生意気に聞えるが、旦那の口から出たんだとすりゃあ、なるほどいい言葉だ。