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たはらしのはんざい
田原氏の犯罪
豊島 与志雄
「黒潮」1917(大正6)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页
そういう時みよ子は、涙ぐんだように眼を円く見開いて相手の顔をじっと仰いだ。そして黙ってお辞儀をした。
「悪に対しては常に抵抗しなければいけない、そして善は常に保護しなければいけない。」それが重夫の信条であった。そして彼にとっては、徳蔵は悪であり、みよ子は善であった。
重夫は屡々みよ子のことを父に話した。
「この次には小遣を少しやりましょう。」と彼は話の終りによく云った。
「それがいい。」と田原さんは答えた。
然しそんな時田原さんはいつも重夫から眼を外らして、そして苛ら苛らしたような表情を示した。
心持ち眉根を寄せて半ば口を開いているその横顔は、或る不安なものを重夫の心に伝えた。
重夫は心のうちで思った。「父は常に悪に対する善意の解釈のみを事としている。善そのものは父の何等の興味をも引かないんだ。」
重夫のその心持ちが田原さんにははっきり分っていた。そして田原さんは益々苦々しくなった。
田原さんにとっては重夫の考えている問題は問題ではなかった。それでは何が問題か? それには何も答えられなかった。田原さんは書斎に上ってみたり、散歩をしてみたり、それからまた毎日午前中は神保町の店に通った。