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たはらしのはんざい

田原氏の犯罪

豊島 与志雄

「黒潮」1917(大正6)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页

青空文庫

そして何だかじっとして居れないような気になっていたが、そのままにまた彼自身も彼の日々も至って静かで落ち附いていた。

或日田原さんは妙に腹を立てていた。夕方まで昼寝から覚めないで、急に食事の時になって起されたからであった。腹を立てているというのが悪ければ、不愉快な気分に満ちていたと云ってもいいだろう。彼は殆んど一言も口を利かないで夕食を済ました。

なぜ不愉快な気分に満ちたか? それは彼自身にもはっきり分らなかった。然し兎に角田原さんはその日、白日のうちにそして静かな夢幻のうちに自然に眠りから醒めてゆくかの心の置場の無いような寂寥と憂愁とを、ゆっくり感ずるの隙が無かったのは事実であった。

「あなた、あなた、あのもう夕御飯も出来ていますから……。」しげ子はそう云って田原さんを揺り起した。

で田原さんは急に、微睡からよび覚された。そして彼が昼寝をしたのは午後の真昼であったが、起きた時は既に夕暮の影が迫っていた。彼の心理の過程のうちに何処か隙間があった。

食後彼は縁側に屈んで庭を眺めた。庭にはいつも彼がするように水が撒いてあった。木の葉に水の掛かった有様から庭石の凹みに水がたまっている工合まで、いつも彼自身がやるのと少しも違っていなかった。