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たはらしのはんざい

田原氏の犯罪

豊島 与志雄

「黒潮」1917(大正6)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页

青空文庫

然し誰も皆黙っていた。黙って額の汗を拭いて、また酔漢の方を覗いた。酔漢は巡査に片手を取られたままのそりのそり歩いていった。黒眼が上眼瞼に引きつけて、じっと前方を睥んでいるようであった。

二人は田原さんの門の中にはいった。野次馬の一群は其処にとり残されて、やはり黙ったまま門内を覗き込んだ。そしてやがて二、三人ずつ散っていった。

巡査は玄関に立って、其処に出て来た田原さんに次のようなことを云った。

「この男が大道にいきなり坐ってしまったのです。いくら叱っても賺しても立ちません。泥酔してその上暑い日に輝らされたせいでしょう。住所をきくとただ、『田原の旦那の所へ行くんだ。』と答えるきりです。仕方がないから、お宅へ送ってやると云うと黙って立ち上って歩き出しました。あなたの御存じの男ですか。」

田原さんは玄関にぼんやり屈んでいる男――徳蔵の上に、じっと眼を定めた。細い縞の浴衣が埃にまみれている。はだけた胸からは黒い胸毛が見えて、大きく喘ぐように息をしていた。

「ええ、」と田原さんは答えた。「もと、家に使っていた男です。決して怪しい者ではありませんから、どうか私に任しておいて下されば仕合せですが。