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たはらしのはんざい
田原氏の犯罪
豊島 与志雄
「黒潮」1917(大正6)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页
家の中はひっそりと静まり返っていた。そして彼の心も如何にも静かであった。ただぼんやり眼を開いていると、何処からか、ぽたり……ぽたりと物の滴るような音が聞えた。それは何時までも止まなかった。そしてしまいには彼の頭に執拗にまといついて来た。その鈍な重い物音が、おっ被さるように彼の頭の芯に響いた。
田原さんは長い間考えていたが、漸次その物音の場所を探しあてたように急に起き上った。勝手元に行ってみると、それはやはり、水道の水が流し場の坂敷の上に洩れているのであった。水道の螺旋をしめると、水の滴る音はぴたりと止んだ。そして家の中が俄にしーんとしてきた。
田原さんはまた床の中にはいったが、蚊帳越しに見える五燭の電気の光りが、彼の眼をちらちら刺激した。それでまた起き上って電気を消した。
後はただ暗闇と静寂とだけであった。暫くじっとその暗を見つめていると、何時の間にか後はまたうとうととした。
それからどれほど経ったが分らないが或はすぐ間もなくであったかも知れない。外をごーっと凄じい音を立てて風が荒れ狂っている、と田原さんは思った。激しい風は軒と軒と、木の間とを分けて、吹き過ぎた。