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でんえんのまぼろし
田園の幻
豊島 与志雄
「世界評論」1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,053 字 · 17 页
軽薄の例として、彼は三好屋の店のことを持ち出した。昔だったら、あれだけの店が村に出来れば、村人たちはたいていそこで用を済ましただろうが、この節では一向に客がつかない。村人はつまらない買物にも、一里近くある町に出てゆき、飲食にも町に出てゆく。贅沢というよりはむしろ身の程を知らぬ軽薄さだ……。その説も私にはちょっと意外で、村人に金が出来たからではないかと言ってみた。然し彼に依れば、一時は村人も金廻りがよかったが次第に貧乏になってきて、やがてどん底に落ちる兆候が見えてきた。昔は金よりも物だったのが、今では物よりも金となり、その証拠には実にけちくさい賭博がはやってる。
「今夜の八幡様のお祭りの、重箱の中の料理を見てごらんなさい。私は見て来たわけじゃないが、たいてい想像はつく。食えないようなつまらない物ばかりに違いない。投網にしたって、昔は村に幾つもあったが、今では二つしかない。その一つが私んところのだ。」
私は頬笑んだ。彼の説はだいたい首肯されるが、結局は投網の自慢になってしまった。実際みごとな投網で、網目一つ破けておらず、柿渋も充分に利いていて、鉛の錘もずっしりとしている。