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いなかいしのこ

田舎医師の子

相馬 泰三

「早稲田文学」1914(大正3)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,947 字 · 76 页

青空文庫

私は今、ある翻訳を初めているんだ。――なあに、同業者の間に出しているある雑誌から頼まれたのだ。――ところが、この頃は絶えて物を書いた事がないので文章がどうしてもうまくいかないのだ。それにはほとほと弱っている。……急ぐのではないが少し落附いたら、一つそれを読み良いように綴り合わして貰いたいと思っているんだがね。……」と、云った。

彼は、すぐ今日からでもお手伝しようと云い出した。それではとにかくその原稿を見せようから、という約束をして二人ともその応接間から外に出た。そこの戸口の所で二人は右と左とに別れた。

四

翌日の午後には夕立があった。それから二三日また一滴も降らなかった。その代りに夜は溢れるように露が何でもかんでもを潤おした。

庸介は家の中を、あっちの部屋、こっちの部屋とぶらぶら見舞って歩いた。いかにも興味なさそうにしながらも色々の物を一々じっと凝視めては過ぎて行った。口を堅く閉じて一言も物を云わなかった。それからまた、庭へ出て行った、家のまわりをゆっくり巡った。裏手にある納屋や小屋類の戸を細目に開けて、薄暗い内部をそとから覗き込んだりした。