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いなかいしのこ

田舎医師の子

相馬 泰三

「早稲田文学」1914(大正3)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,947 字 · 76 页

青空文庫

――

庸介は、そこの赤楊の木の根に尻もちをついて、われにもなく、恍惚として遠い昔に思を馳せているのであった。彼の足もとのあたりには、小さな赤蟻の群が頻りに何か忙しそうに活動していた。彼の虚な目は見るともなしにそれに見入っていた。

「あら、兄さん。まあ、そんな所で何をしていたの?」

急に、つい近くで、こう呼びかける房子の透き通った声がした。びっくりして目を上げると彼がさっき渡って来た小流れの方から房子と律子とが走け出して来るのが見えた。二人とも、海水浴をする時のような、鍔の広い麦藁帽をかぶっていた。そして妹の方は長い竹の先端へ小さな網を結び附けたものを持ち、姪の方は、絵模様の附いた玩具のバケツをさげているのであった。

房子は、庸介のそばへ来ると、少し甘えた調子で、

「律子が、麦魚を採ってくれってきかないんだもの。暑いから止しましょうって云ったら『日曜日くらいは妾と遊んでくれたっていいじゃないの』って泣き出すんですもの。」と、云った。

そして今度は、律子の肩へ手をかけて、

「さっき泣き出したのはだあれ?」

こう云って律子の顔を覗き込むようにしてにっこりした。