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いなかいしのこ
田舎医師の子
相馬 泰三
「早稲田文学」1914(大正3)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,947 字 · 76 页
彼は、母の深い情を感ずるよりも、自分自身の臆病な、卑屈な心をつくづく羞かしく思うた。彼が今、しきりに督促に遇っている借財の口は都合三ツあって、それを片附けるには百弐拾円と少しなければならないのであった。「何で、それを正直に打明ける事ができないのだ! この場合になってかくのごとく限りなき母の愛情の前に坐っていながら、四拾や五拾の金額を少なく申出る事によって幾分なりともなお自分の面目なさを軽くしようなどとは実に何という見下げ果てた根性だ!」彼はこの時ほど自分自身に対して酷く憎悪の感を覚えた事は、これまでに一度もなかった。
この事は、その後幾日も彼を責めた。
家の中に息づまるような、厭な小暗さが加って来た。家の人達と彼との間に陰気な密雲が蔽いかぶさったようになって、名前をもってたがいを呼び合うというような事が、何となくできにくいような心持ちが続いた。
父の翻訳の方が忙しくなっていた。主にそんな事で彼は日を暮らした。それは維也納のある博士が、ある医師会の席場に試みた、終焉に関しての講演の筆記であった。殆んどすべての終焉が生理的にまったく快感性のものである事を論じたので、きわめて興味深いものであった。