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くじょしょうろく
痀女抄録
矢田 津世子
「改造」1939(昭和14)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,578 字 · 65 页
と、銀三が訊いた。
「いやあ、貧乏暇無しでして」
と、葛岡氏は鷹揚に笑って、「学校の刺繍科なんてものは、いまのところ、ほんの附け足しで、設備といってもまだまだ貧弱極まるものですし、教えるのに大骨ですよ。遠藤さんの勧めもありましてね、こんど、教授所のようなものの設置を考慮中なんですが、刺繍道に何等か貢献出来るという意味から言っても、ひと奮発しようと思っています」
葛岡氏の話し振りは、ゆったりと余裕をもたせて、いささか訓示的でもある。
黒の紋服に袴をつけて端然と坐っている姿は、如何にも美術学院刺繍科講師、刺繍組合理事の肩書に似合わしいけれども、その生活は、このりゅうとした構えほどでもなく、噂にきくと、伝通院近くの、まだ路地奥住いで、帯安あたりの店仕事に精を出しては、どうやら凌げるほどだということであった。その帯安の番頭の娘を娶っているときいているが、若年にかかわらずその処世の才は業界でも目ぼしいもので、この葛岡氏なら、刺繍塾の経営の才腕も相当であろうと、わたくしには肯けた。
銀三は手まめに茶を注ぎまわり菓子を勧める。葛岡氏が厠へ立つのにも跟いて行って、手水をかけてやったりする。