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びょうちゅうき
病中記
寺田 寅彦
1920(大正9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,795 字 · 8 页
この教室の壁の中に妻の姿を見出した感じはよほど妙なものであった。二十年来切り離されていた教室と家庭という二つの別な世界が急に入り交じったような気がした。妻が枕元へ寄って来た時にはなんだかはりつめていた心が弱くなるような気がして涙が出そうになった。同時に自分は「そこに血がある、血がある」といって新聞紙で蔽った血痕を指して云った、自分の声が恐ろしく邪慳に自分の耳に響いた。真鍋さんはしきりに例の口調で指図して湯たんぽを取りよせたり氷袋をよこさせたりした、そして助手を一人よこしてつけてくれた。白い着物をつけた助手は自分の脚の方に椅子へ腰をかけて黙って脇を向いていたが断えず此方に注意していた。看護婦も一人来て頭の方に黙って控えていた。田丸先生が時々はいって来て黙って様子を見て行かれた。先生の顔が非常にやさしくなつかしく思われた。藤沢先生もソッと這入って来られたから挨拶しようとするのを手で押える真似をして脚元の椅子に腰をかけておられた。
床の上に寝て仰ぎ見るすべての人の顔が非常に高い所にあるように思われた。そしてすべての人の好意と同情が自身の上に注がれるような気がした。