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びょうちゅうき
病中記
寺田 寅彦
1920(大正9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,795 字 · 8 页
自身は毛布を敷いたままで寝台に移されそれから寝台が大勢の手でかき上げられた。職工の中に吉江教授が交じって寝台に手をかけておられるのも目にはいった。室外の廊下に出て見ると高木さんや中川さんの顔も見えた。みんな外の方を向いて自分の顔を見ないように勉めているらしく思われた。ここで幌を着せられたから自分の眼界はただ方幾寸くらいのセルロイドの窓にかぎられてしまった。寝台はまた静かに持ち上げられて廊下をゆられて行った。廊下の曲り角を廻る時にはよくわかった。北の階段を下りる時には何だか少し気分が悪かった。いよいよ玄関を出る時、何となく大勢の人が好奇や同情やいろいろの眼で見送っているような気がした。いよいよ出かける時になって始めて中村先生の声がすぐ側に聞えた、松本君の元気のいい声も聞えた。車がそろそろ動き出すとついて来る人のいろいろの足音が聞え出した。セルロイドの窓から見える空は実に真青で美しかった。高い梢の枯枝が時々この美しい空に浮き出して見えた。車の中は暖かで、身体には何の苦痛もなかった、何のためにこうして送られて行くのかという気もした。自分が死骸になって送られていると想像してみた。