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しろいかや
白い蚊帳
宮本 百合子
「中央公論」1927(昭和2)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,800 字 · 18 页
なほ子は、灯のつき始めた山下辺、池の端の景色などを曇ったタクシーの窓から、それでも都会らしく感じて眺めた。
植木屋が入ったと見え、駒込の家の玄関傍に、始めて見る下草の植込みが拵えてあった。薄すり紫がかった桃色の細かい花が、繊い葉の間に咲いている。それを見ながら、なほ子は呼鈴も押さず、暗い板の間へ通って行った。茶の間の戸を開けようとしていると、
「アラ」
千世子が、おかっぱと制服の裾を膨らませ、二階から駈け降りて来た。
「お母様、工合がおわるいって?」
「ええ。お姉様いつ帰ってらしったの」
「今かえったの。――寝てらっしゃるの」
千世子は、何だか当惑そうに合点した。そして、少女らしい様子で、
「――疲れてるんだって」
と云った。なほ子は、母が下りて来るか、自分が二階へ行こうか、千世子をきかせにやった。
「今起きたところだから、三十分ばかり休みたいんですって」
なほ子は、その間に風呂へ入った。水道の湯が久しぶりで心持よく、生垣の彼方で活溌な子供の声がしたり、それより一寸遠いところでピアノの音がしていたりするのが、愉快であった。生活の泡立っている感じが、体の周囲であぶく立つ石鹸の感覚と縺れ、なほ子は何度も何度も勢よく立ったまま湯を浴びた。