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しらふじ

白藤

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,822 字 · 16 页

青空文庫

同じ書物を数回、間をおいて、謂わば忘れた頃に、繰り返し読むこともありました。

「またそれを読んでるの。」

「ええ、すっかり忘れたんですもの。」

そのような対話が、微笑のうちになごやかに交わされました。

ただ一つ、白藤の木に、彼女の心は深く繋がれてるようでした。兄の耕一が応召入隊の前に、植木屋から買ってきたもので、一米半ばかりの古い幹に、真白な花をふさふさとつけていました。それが、鉢に植わったまま打ち捨てられて、次の年に三つ四つの花房をつけただけで、もう蕾を出さなくなりました。その白藤を、美代子は俄に発見したかのようでした。防空壕を掘りに来た人に頼んで、鉢から地面に移し植えてもらい、大きく伸びても差支えないほどの支柱を拵えてもらいました。

或る日、草光保治が訪れてきますと、美代子は小さなシャベルで、藤の木の根本を掘り返していました。

「魚の頭や臓物を埋めるのよ。来年はきっと、たくさん花を咲かせるわ。」

彼女は白く透いた頬に、弱々しい然し神経のこもった笑みを浮べました。

そこは、庭の片隅、心持ち斜面をなしてる上手、寒山竹の茂みを横手にひかえてるところで、枯れた自然木の高い支柱の下半分ほどに、藤の青葉がからみついていました。