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えいきょ
盈虚
「政界往来」1942(昭和17)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,655 字 · 16 页
剽盗か、それとも追手か。考える暇もなく激しく闘わねばならなかった。諸公子も侍臣等も大方は討たれ、それでも公は唯独り草に匍いつつ逃れた。立てなかったために却って見逃されたのでもあろう。
気が付いて見ると、公はまだ※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)をしっかり抱いている。先程から鳴声一つ立てないのは、疾うに死んで了っていたからである。それでも捨て去る気になれず、死んだ※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)を片手に、匍って行く。
原の一隅に、不思議と、人家らしいもののかたまった一郭が見えた。公は漸く其処迄辿り着き、気息奄々たる様でとっつきの一軒に匍い込む。扶け入れられ、差出された水を一杯飲み終った時、到頭来たな! という太い声がした。驚いて眼を上げると、此の家の主人らしい・赭ら顔の・前歯の大きく飛出た男がじっと此方を見詰めている。一向に見憶えが無い。
「見憶えが無い? そうだろう。だが、此奴なら憶えているだろうな。」
男は、部屋の隅に蹲まっていた一人の女を招いた。其の女の顔を薄暗い灯の下で見た時、公は思わず※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)の死骸を取り落し、殆ど倒れようとした。