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やのしのとい

矢押の樋

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,468 字 · 29 页

青空文庫

「……申してみい、なにか思案があるか」

「唯一つだけございます」外記の不快そうな眼を見上げながら、梶之助は確信のある調子で云った、「十余ヵ村の農民が結束して退去しようとしますのは、ただ飢餓に迫られている、糧米が無いというだけの理由ではございません。彼等は水が欲しいのです、青い稲田が欲しいのです。幾周年めかには凶作に見舞われ、その度に手も足も出せなくなるというこの根本をどうにかしたいのです、この点に新しい的確な希望を与えない限り、例えいま余るほど糧米を恵んだところで、彼等の決心は動きは致しません」

「それでどうしろと云うのか、この地方が幾周年め毎に凶作に見舞われるのは事実だ、然しそれをどうする事が出来る、……百姓たち自身に手も足も出せぬ事が、我々の力でどう解決出来るのだ」

「いま差迫っての問題を申上げます、内濠の水を彼等に与えて下さい」

外記も列座の人々も、言葉の意味を疑うように、振向いて一斉に梶之助の顔を見た。

「内濠の水を、どうせいと云うか」

「城壁の一部を壊して樋を通し、先ず北見村の田へ水を引くのです、すれば」

「馬鹿なことを申す!」外記が膝を打って烈しく遮った、「城壁へ樋を通して内濠の水を干せと? 其方それを正気の沙汰で申すのか、梶之助、如何に其方が物知らずでも、武士として城縄張りの重大さを心得ぬ筈はあるまい