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やのしのとい
矢押の樋
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,468 字 · 29 页
「切れた、切れた!」
という家士の絶叫を聞いて、振返った梶之助の眼に、いきなり天空からのしかかるような、恐ろしく大きな黒いものが見えた。
「危い! 逃げて下さい!」
梶之助は力任せに外記を突飛ばした。
どうっという凄じい地響きと共に、石と水と土とが一緒になって、その強大な翼を力いっぱい拡げながら崩落して来た。……頭から泥水を浴びて、危くも逃げ延びた塩田外記は、その崩落する濁流と石垣の直下に、梶之助の逞しい体をはっきり認めたように思った。
――兄も弟も。
外記は奔流の暴々しい叫びを聞きながら、呆然と心に呟いていた。
――兄も弟も、……こうと決めると後へ退かぬ奴だった。然し覚えて置くぞ、内濠の石垣には樋があったのだ、矢押の樋が。
梶之助は崩壊する石垣の下になって死んだ、そして再びその石垣が築上げられたとき、其処には城外へ引く大樋が掛けられていた。……梶之助の予想はかなり正確で、その水は北見村の十町田を生かし、更にその附近の田地を広く潤すことが出来た。考えようによれば、無論それは局部的な僅な効果でしかない、然し、……そういう場合には城濠の水も切ろうという、藩政の方向を示した事が重大であった。