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やのしのとい

矢押の樋

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,468 字 · 29 页

青空文庫

……ところが、こういう情勢のなかで梶之助だけは別だった、お救い小屋へも助に出ないし、水脈捜しにも出ない、そのうえ暇さえあると城外北見村の豪農、吉井幸兵衛の家へ碁を打ちに通っていた。噂には取止めもないが、幸兵衛には加世という美しい娘があり、梶之助はその娘に執心で通っているのだとも云う、そういう穿った陰口は別としても、彼に対する家中の悪評は今はじまった事ではなかった。

――仕様のない男だ。

重太夫は幾度も舌打をしながら呟いた。

――監物どのの留守に間違いがあってはならぬ、なんとかしなくては。

然し事務は寸暇もなく忙しかった、お救い米が既に不足しかかっているので、一日も早く補充して呉れと急きたてて来る、買付け米が到着すればいいのだ、それまで藩倉の分を出して置く法はある、けれど重太夫の心の奥には、若し江戸での借款が不成功に終ったらという一抹の不安があった。……向田藩の貯蔵米は幕府直轄のもので、特に許可のない限り、手を付けることは法度である、今までは自分の腹一つを賭して開放したが、是以上は主家の安危に関する事だ、……だから重太夫はいま、老職一同の意見を拒けて固く藩倉の鍵を握っていた。