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いしころ
石ころ
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,450 字 · 23 页
とさとすだけだった。
その年の五月、ごしゅくん武田勝頼は二万余騎の兵をひきいて甲斐を出馬し、徳川氏の支城である高天神を攻めた。高天神は遠江のくに小笠郡にあり、小笠原与八郎長忠を城主とし、大河内源三郎を徳川氏の監軍として固く守っていた。……この軍には多田新蔵も出陣したし、松尾の兄の秋山万三郎も加わっていた。勝頼が二万余の大軍を動かしたのは高天神だけがめあてではなかった、しだいによってはそのまま三河まで侵入し、徳川の本領まで席巻しようという計画をもっていたのである。五月三日に甲斐を発した武田軍はおなじ七日に相良へ本陣を布き、十二日を期して攻撃をはじめた。勝頼は父の信玄がまだ在世だった元亀二年に、いちどこの城を攻めたことがある。そのときは失敗したが、こんどはその経験を生かす必至の策をもっていた。すなわち穴山伊豆守(梅雪)をして攻城主将とし、馬場、山県らを徳川氏の援軍に備えさせ、自分は本陣にあって総指揮をとる、つまり高天神の攻略といっしょに、あわよくば徳川氏本領への侵入を決行する両面の策戦をもって臨んだのだ。……急報によって徳川氏はすぐ兵馬を発した。けれども物見の報告によると武田軍の配置はひじょうに堅固である。