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いしころ

石ころ

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,450 字 · 23 页

青空文庫

……かくてその日の昏れがたには外廓の諸塁がことごとく陥落し、まったくはだか城となった高天神をとり囲んで武田軍は包囲の陣を布いた。

はげしい攻防の一日が暮れて夜になった。万三郎は勝頼の旗本にいる多田新蔵をたずねていった。新蔵は篝火のそばに楯を敷き、その上に坐ってなにかしきりに小さな物を磨いていた。万三郎は声をかけてその前に坐り、じっと相手の眼をみまもった。

「今日はお手柄だったな、下平川口の砦で木暮弾正を討ち取るところを拝見したよ」

「木暮弾正だって」新蔵は眼をしばしばさせた、「おれはそんな者は知らないがね」

「なぜ隠すんだ、おれはこの眼で見た、貴公がこう太刀をあげて、弾正の脇壺をみごとに刺し通したところを、……しるしはおれがあげたが討ち取ったのは貴公だ」

「おれは知らないね」新蔵はとんでもないといいたげに頭を振った、「乱軍のなかだから見違えたのだろう、まるで覚えのないことだよ」

「いや知らぬ筈はない、寺部でも中村の柵でも鎧武者を討ち取るのを見た、おれのこの眼で見た、たしかに見たんだ、どうして貴公が隠そうとするのかおれにはわからない、どうしてだ」

「どうしてと云って、知らぬものは知らぬというほかにないじゃないか」