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いしべいゆうれい

石塀幽霊

大阪 圭吉

「新青年」1935(昭和10)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,907 字 · 26 页

青空文庫

一

秋森家というのは、吉田雄太郎君のいるN町のアパートのすぐ西隣にある相当に宏い南向きの屋敷であるが、それは随分と古めかしいもので処まんだらにウメノキゴケの生えた灰色の甍は、アパートのどの窓からも殆んど覗う事の出来ない程に鬱蒼たる櫟や赤樫の雑木林にむっちりと包まれ、そしてその古屋敷の周囲は、ここばかりは今年の冬に新しく改修されたたっぷり一丈はあろうと思われる高い頑丈な石塀にケバケバしくとりまかれていた。屋敷の表はアパートの前を東西に通ずる閑静な六間道路を隔てて約三百坪程の東西に細長い空地があり、雑草に荒らされたその空地の南は、白い石を切り断ったような十数丈の断崖になっていた。

吉田雄太郎君は此処へ越して来た時から、この秋森家の古屋敷に何故か軽い興味を覚えていた。雄太郎君の抱いた興味というのは、只この屋敷の外貌についてだけではなく、主としてこの古屋敷に住む秋森家の家族を中心としてのものであった。全く、雄太郎君がこのアパートへ越して来てからもう殆んど半歳になるのだが、時たま裏通りに面した石塀の西の端にある勝手口で女中らしい若い女を見かけた以外には、まだ一度も秋森家の家族らしき者を見たこともなければ、またその古びた高い木の門の開かれたことをさえ見たことはなかった。