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ガラスをやぶるもの

硝子を破る者

中谷 宇吉郎

「朝日評論」1946(昭和21)年8月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,761 字 · 14 页

青空文庫

汽車はあいかわらず満員である。

吹雪で遅れ遅れするので、駅には前からの乗客が溜って益々混雑をひどくするらしい。

やっと窓際の席がとれて、珍しいことと喜んだのも束の間、硝子が破れているので、雪を雑えた零下十度の風が遠慮なく吹き込んで来る。とてもたまったものではない。前に坐っている五十余りの闇商人らしい男が、風呂敷を窓にあてがっているが、どうも巧くとまらない。

何度もやって見てとうとう諦めたらしく、外套の襟を立て襟巻をぐるぐる首に巻いて、身体を丸くして縮まり込んでしまった。風呂敷がばたばたと風にあおられて、五月蠅いばかりでなく、余計に寒いような気がする。

私の方も同様にちぢこまっている。ふと眼が会ったら、その男が半分は一人言のように、半分は私に話しかけるような調子で「戦争に敗けりゃあこんなもんだ。仕方がないや」とつぶやいた。私はちょっと可笑しくなって「だって君、これは何もアメリカの兵隊が割ったんじゃないんだよ。硝子を割ったのは皆日本人なんだろう」と言うと、その男も「そう言えばそうだね」と苦笑した。

日本人が汽車の窓硝子を破るようになったのは、窮乏のために平常心を失ったからであり、窮乏は敗戦に原因する。