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いそべのわかば
磯部の若葉
岡本 綺堂
「木太刀」1916(大正5)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,709 字 · 8 页
一昨年の夏ここへ来た時に下磯部の松岸寺へ参詣したが、今年も散歩ながら重ねて行った。それは「どうも困ります」の陰った日で、桑畑を吹て来る湿った風は、宿の浴衣の上にフランネルを襲ねた私の肌に冷々と沁みる夕方であった。
寺は安中路を東に切れた所で、ここら一面の桑畑が寺内までよほど侵入しているらしく見えた。しかし由緒ある古刹であることは、立派な本堂と広大な墓地とで容易に証明されていた。この寺は佐々木盛綱と大野九郎兵衛との墓を所有しているので名高い。佐々木は建久のむかしこの磯部に城を構えて、今も停車場の南に城山の古蹟を残している位であるから、苔の蒼い墓石は五輪塔のような形式で殆ど完全に保存されている。これに列んでその妻の墓もある。その傍には明治時代に新らしく作られたという大きい石碑もある。
しかし私に取っては大野九郎兵衛の墓の方が注意を惹いた。墓は大きい台石の上に高さ五尺ほどの楕円形の石を据えてあって、石の表には慈望遊謙墓、右に寛延○年と彫ってあるが、磨滅しているので何年か能く読めない。墓の在所は本堂の横手で、大きい杉の古木を背後にして、南に向って立っている。