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しゃかいじひょう
社会時評
戸坂 潤
「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页
を、予め開かれたマニラ会議の席上で得たものだと思い込んで、之を大日本体育協会に報告しておいた。処がいざ上海円卓会議になって見ると、フィリッピンは突然、非公式にではあるが、日本の該提案に対して反対を唱えて、要するに支那側に寝がえりを打って了ったのである。問題はここから起きる。
フィリッピン代表タン教授に由ると、かつてインド選手が参加出場したのは、体育協会会議に於て会員の賛同を得た結果であったのだから、満州国選手の参加出場にも亦支那の賛同が必要だということになって来たのである。大会の所謂憲法はそういう風に解釈されねばならぬというのである。
之を聞いた大日本体育協会はフィリッピンがマニラに於ける約束を無視した背信の非を鳴して、フィリッピン遠征を中止すべしとなし、その準備を止めて了い、大会不参加の旨をフィリッピン体育協会に打電して了った。処が上海にいた山本博士(代表)は、日本側のこの憤慨が、マニラの約束に就いての誤解から来るもので、この約束は決して公式なものではなかったことをよく理解していない処から来るのだとして、山本代表自身がフィリッピンに対して、日本体協の該電報の留保方を打電したのである。