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しゃかいじひょう
社会時評
戸坂 潤
「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页
農村問題が農民の貧乏問題だなどと思うことは、失業問題が一般大衆の貧乏問題だと思うことと同様に、飛んでもない馬鹿正直な善良さだろう。
では農民の貧乏はどうして呉れるかと云うだろう。併し何遍も云うが、農民が貧乏するのは当り前ではないか。農民が貧乏しなかったら、彼等はもはや農民ではなくて地方地主や農村資本家だ。だから農民に就いてはその貧乏は問題ではない、丁度資本家に取って資本所有は初めから当然で問題にならないと同じである。農民に就いて問題になるのは、その貧乏ではなくて、ここでも亦専らその教育なのである。農村の農村問題は別として、農民の農村問題は「農村教育」問題なのである。問題は又しても教育精神にあるのである。
こうやって本当の「失業問題」は、インテリ教育や農民教育の、教育精神問題に帰着する。失業問題を貧乏問題だなどと考える徒輩は下根の到りで、「失業」の本質は神聖なる教育精神の欠点にあるのだ。それでこの頃、世間の人間の思想が、考え方が、前よりは余程精神的で高尚になって来たから、貧乏と云ったような唯物思想を連想させる処の失業問題が消滅して、農村精神の作興に興味集注する処の農村問題が、それに代ったわけである。