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しゃかいじひょう
社会時評
戸坂 潤
「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页
である。御承知の通り、吾々日本人は、凡て市民であると共に軍人なのである。軍部は今度は絶対静観すると称して、在郷軍人の軽挙妄動を厳に戒めているらしい。之は甚だ結構な当然なことで、折角の「軍人」までが「市民」になって了って貰っては困る。――だが、元来軍人と市民とは案外仲がいいもので、今日最も勇敢な「軍人」は他ならぬ八百屋の小僧や呉服屋の番頭で代表される「市民」なのである。尤も、市電従業員は火薬や大砲を造る労働はしないし、市電は国有鉄道や満鉄や北鉄と連絡はしないのだから、市電従業員の罷業は、仮に「市民」にとっては大問題であっても「軍人」にとっては静観の対象に止まることも出来るのだが、文部省は天下の形勢を観て取って、青年団が争議破りに関係することを戒めようとする意向になったらしい。処が青年団の或る代表者は、個人の資格でスキャッブに参加するのなら好いではないかと云っているが、その個人の資格というのが取りも直さず市民の資格のことで、之が一等困りものなのだ。
軍部を初め文部省、それから内務省、大蔵省、警視庁に到るまでが、今度の市電争議に就いては争議団の方に従来に較べて多少の同情を示しているように一見見えるということは事実だ。