轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しゃかいじひょう

社会時評

戸坂 潤

「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页

青空文庫

当人だって、そう思えばこそ提出したので、帝展や院展、二科の出品などでも多少はそうかも知れないが、大体を瀬踏みをしてからでないと、学位論文はウッカリ出せないものである。

尤も杉村氏のような場合、生え抜きの商大人なのだから、特別の瀬踏みの必要もないように思われもするのだが、併し、仲々そうは行かないらしい。元来ブルジョア学者の学問が公平無私で「客観的」であることを以て、即ち不偏不党の中立主義であることを以て、「科学的」だと称されているのは、世間周知の通りであるが、併しその結果、それだけにブルジョア学者そのものの人柄に就いて云えば、主観的で分派主義的で、即ち非科学的な人物が少くない。公平無私で客観的で科学的な「学術論文」を、この私党的で主観的で超科学的な惧れのある学者から出来ている教授会の渦中に引っぱり出すのだから、「学術」なるものも決して安心してはいられないのである。

論文の審査員は経済畑からの高垣寅次郎教授と哲学畑からの山内得立教授であり、この二人が之を「学術的」に学位に値する(即ち大学院卒業程度乃至夫以上の学力あることの証拠)と認めて、教授会にかけた処、不思議なことに、いや果せる哉、出席教授二十一名の内、賛成十四票、賛成でもなく不賛成でもなくそうかと云って棄権でもない処の白票が七つ、という結果になって了っ