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しゃちょうひしょ

社長秘書

佐々木 邦

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1926(大正15)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,738 字 · 14 页

青空文庫

誤植が多いので助かる。

最近社長は欧米漫遊をして来たので、殊に話題が多くなった。新知識を裾分けしたくて手ぐすね引いて待っているから、うっかり口が利けない。黙っていても何とか因縁をつけて機会を拵える。

この間も、

「星野君はこの頃晩酌をおやりですか?」

「さあ、やったりやらなかったりです」

「彼方は禁酒で豪いことになっていますよ」

とあって、早速アメリカの話を始めた。斯うなると蛇足居士でなくて強盗に近い。

「はゝあ」

と星野さんは人が好い。

「……全く愚な法律ですな。迚も取締りのつくものじゃない。結局悪い酒を高く飲ませて密輸入者の腹を肥す丈けのことですよ。下等社会になると怪しげな代用品を調合して飲むから事故が多い。能く死にます。一杯飲むと目の玉の飛び出すような強い酒を密売しているんだからね。あのまゝにして置くと、労働社会の健康が行きついてしまう。それでアメリカを亡ぼすものは禁酒令だろうという説さえ識者間に出ている」

と結論に達するまでに三十分もかゝった。

今回社長の秘書に抜擢された私はこの相手代って主代らずの長談義を一から十まで拝聴していなければならない。以前は社長の御高説を直接に承わるのは光栄の一つだったが、昨今のように毎日のお勤めになると、うんざりする。