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そふのしょさい

祖父の書斎

宮本 百合子

「東京堂月報」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,184 字 · 5 页

青空文庫

向島の堤をおりた黒い門の家に母方の祖母が棲んでいて、小さい頃泊りに行くと、先ず第一に御仏壇にお辞儀をさせられた。それから百花園へ行ったり牛御前へ行ったりするのだが、時には祖母が、気をつけるんだよ、段々をよく見て、と云って二階へつれてあがった。いつも使っていない二階は不思議な一種の乾いた匂いが漂っていて、八畳の明るい座敷の方から隣の小部屋の一方には紫檀の本箱がつまっていて、艷よく光っていた。森閑としたなかでそうやって光っている本箱はやはりこわさを湛えていて、おじいさまの御本だよ、と云われても凝っと祖母の腰によりそって遠くから見るだけだった。この祖父の写真が一枚あったが、白髯で小柄なのに、子供の心にしたしめる表情は乏しかった。この向島からのかえりには浅草の仲店の絵草紙やで、一冊五銭ぐらいのお伽噺の本を買ってもらうのがきまりであった。大抵巖谷小波の本であった。祖父の蔵書は後でどこかに寄附されたが、あのぎっしり並んで光っていた本箱の行方については全く知らない。

やがて『少女世界』が私の本という新鮮な魅力をもって一冊一冊とためられ、冬の縁側で日向ぼっこをしながらそれをあっちへ積みかえこっちへ積みかえしていた心持が思い出される。