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かぐらざか

神楽坂

矢田 津世子

「人民文庫」1936(昭和11)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,611 字 · 40 页

青空文庫

それだからといって手を休めて安閑と遊んでいた訳ではない。却って内儀さんの手は前よりも稼ぎ出したのである。ただ、そこには金に追われていたこれまでの苦労に代って、こんどは金を追いかける心愉しさが手伝っているので、これが内儀さんの気を安くしていた。猪之さんには内儀さんのこんな稼ぎっぷりが意に叶っている。石女なのが珠に瑕だが、稼ぎっぷりといい、暮しの仕末ぶりといい、こんな女房は滅多にいるものじゃあない。諺にも、「賢妻は家の鍵なり」というが、どうして、うちの内儀さんときては大切な金庫のかけがえのない錠前だわい、と猪之さんには内儀さんを誇りにする気もちがある。これが内儀さんにもうすら分っていて、御亭主の信用を地に堕すまいとする気から余計に賃仕事の稼ぎ高をあげようと努める風がみえる。纏った金を持って上京してからは、猪之さんも亦渡仙のように抵当流れで儲け初めた。抵当ものは土地を主としてその鑑定のかけひきは渡仙の手を用いる。彼処が悪い、此処が気にいらぬ、と文句をつけて、先方が評価をぐっとひき下げても、なお意に叶うまでぐずぐずと苦情を云う。この土地の鑑定に猪之さんはよく出張した。