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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
鈴木大拙『禅堂生活』。同一底本的分册已合并为一书。收入:洪川禅師のことども、釈宗演師を語る、僧堂教育論、楞迦窟老大師の一年忌に当りて、鹿山庵居。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 页
洪川禅師のことども
近頃洪川老師のことを調べて居ると、色々有り難きことに逢著する。自分も今老師の亡くなられた年に殆んど近づいて居るが、自ら省みて足りないことのみ多きを愧ずる次第である。修養は一生を通じての事業でなくてはならぬ。「これでよい」などと、どこかで一休みすると、そこから破綻の機会が生れる。家康の云ったように、人生は車を推して長い坂を上るようなものだ、一寸でも緩みが出ると、後退する外ない。人生は進むか退くかどちらかである。じっと一処に止まって居ることはない。実にその通りである。乾の徳と云うこともあるが、天地自身が一刻も休むことなしに動いて居る。動かなくなるのは死んだときである。人間も亦かくの如しで、不断の努力が生命そのものなのである。これがなければ生きながら死んで居るわけである。
洪川老師を知らぬ人も沢山居ることと思うので、一寸お話しする。師は鎌倉円覚寺の和尚さんであって、明治二十五年一月に遷化せられた。年七十七。遷化の日、自分は偶然三応寮に居合わせたので、殆んど半世紀を経た今日も尚その時の記憶の新たなるを覚ゆるものがある。老師の円覚寺へ来られたのは、明治八年であった。