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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
鈴木大拙『禅堂生活』。同一底本的分册已合并为一书。收入:洪川禅師のことども、釈宗演師を語る、僧堂教育論、楞迦窟老大師の一年忌に当りて、鹿山庵居。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 页
何かというに、今日吾等の文明が吾等の精神の上に加えた最も罪深い仕業は、何事をも金銭で勘定をつけるということである。如何なるものも何かの代金で買われるという考え、これが近代文明の一切の悪事の基本的概念なりである。あれはいくらの収入がある、いくらの財産を持って居るなどいうことが、すべての人の上下貴賤を批判する唯一の標準になって仕舞った。何でもかでも金銭でその価値を定めるというのである。是れは如何にも賤しい考である。どうしてもこの考から超越しなければ、本当の精神的価値は出て来ぬ。世間の学校では形式的の忠孝主義や愛国心の鼓吹をやったけれども、これには亦時代錯誤の処もある。これからは人間の真個の価値というものを目当てにして、これを完成するようにしなくてはならぬ。そうして之をするには無功用主義の道徳をその根本から闡明するということが先ず第一である。
何でも金銭で勘定することになると、金持ちが一番えらくなる、これが今日の趨勢である。あれは何百万円出したとか、家屋や庭園を公共用に提出したとか云うと、新聞などは大騒ぎをやる、如何にも馬鹿げた話しである。わしらは金こそ提供しない、地面こそ寄附しない、そんなものは始めからないのである。