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わたしがちょうさくりんをころした

私が張作霖を殺した

河本 大作

「文藝春秋」文藝春秋、1954(昭和29)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,564 字 · 18 页

青空文庫

しかし、いずれにしても、このまま奉天を空にして、主権者なしで置くことは、統治上面白くないので、秦、松井の両者から、張学良に対し何ら他意のないことを示して、すみやかに張、楊、両人の帰奉することを慫慂したので、ようやく学良も安心して、ひそかに苦力に変装して奉天に帰って来たのであった。

ちょうどその頃のことであった。前駐支那大使林権助氏が奉天へ来て、まだ何となく落ち着かぬ気持ちでいる張学良に逢った。

林権助は学良に、日本外史中の関ヶ原戦後の豊臣、徳川の関係の一節を説いて、暗に学良を秀頼に、楊宇霆を家康に擬して、おおいに学良を激励した。

大阪落城後の秀頼の運命と比べて、学良は家康たらんかも知れない楊宇霆に対して、何となく常に疑心暗鬼を感じたが、たまたま、楊宇霆の誕生祝いが催された。その盛宴に学良も列してみて、支那全省にわたる要人達からの山のごとき、豪華な贈り物を見るに及んで、天下の諸侯がすでに、豊太閤歿後には、家康に靡いたありさまを彷彿させるものがあった。

学良の楊に対する猜疑は、ここにおいていよいよ深く、楊に対して学良はひそかに害意を懐くようになった。