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わたしのおもいで
私の思い出
柳原 白蓮
「ことたま」日本出版広告社、1954(昭和29)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,796 字 · 8 页
それでもだんだん話してるうちに昔の俤がよみがえってきてなつかしがるのでした。
あの頃の友達の多くは馬車や人力車で、大切なお姫様、お嬢様、美しい友禅やお召ちりめんの矢がすりの着物などきて通ったもの。私は養家が護国寺の近くにありました。そこから永田町の学校までおよそ二里はありましたろう。まだ電車もバスもない時代、ユキも帰りも歩いたものでした。お蔭で足は今でも達者です。
これで思うのに人間というものは一六、一七、一八頃までにたたき込んだことは一生身につくものだと思います。
だが今のように自動車が通るではなし、往来はそれはのんきなもの、お正月は往来が羽根つき場所だったのです。ですから『金色夜叉』にあるとおり、道を通る人力車の中に追羽子の羽子が落ちて、貫一のいいなずけの宮が見そめられるくだりがあるのです。
叔父が二一の時養家を出たそうですが、私も二一の時この家を出ました。妙に二一に因縁があるといって養父母はなげいていました。そして二五歳で九州に再婚したのです。
それまでに私はミッションスクールに二~三年いましたのでキリスト教の愛と、家庭では仏教、ことに日蓮宗を信仰していましたから、仏教のことも幾分知りました。