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わたしはだれ?

私は誰?

坂口 安吾

「新生 第三巻第二号」1947(昭和22)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,584 字 · 14 页

青空文庫

然し、考えることゝ、書くことゝは違う。書くことは、それ自体が生活だ。アンリ・ベイル先生は「読み、書き、愛せり」とあるが、私は「書き、愛せり」読むのも、考えるのも、書くことの周囲だ。うっかりすると、愛せり、というのも、当にならない。私はそんなに愛したろうか、確信的に。私が、ともかく、ひたむきに、やったことは、書いたことだけだろう。

私は然し、みんな、書きすてゝきた。ほんとに書きすてた、のだ。けれども、ともかく、書いたとき、書くことが生活であった。このことは疑えない。

女に惚れたとき、酒をのむとき、私は舌をだすことも出来た。横をむくこともできた。私は金が欲しくて小説を書いた。私には分らない。私は断定することができないけれども、私自身は影のように、つかまえるところもなく、私の恋も、のんだくれの夜も、私は私の影のような気がする。

「書けり」というのが、たった一つ生活であったような気がするのは、それが決して快楽ではなく、むしろ苦痛であるに拘らず、そのために、他を犠牲にして、悔いないからであろうか。そういう、差引、損得勘定ではないだろう。

やっぱり書くことが面白く、そしてそれが快楽であるのかも分らない。