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わたしはいんきょではない
私は隠居ではない
吉田 茂
「文藝春秋」文藝春秋新社、1962(昭和37)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,313 字 · 13 页
先だって、秋田の八郎潟の干拓を見に行って来ましたよ。あそこの干拓は私が総理の時に決まったものなので、まあ出来栄えを見てくれと云われましてね、行って来たんだが、ちょうど、林檎の時期で果樹園にも案内されましたが、実に見事でしたね。また、そこで食う林檎の旨いことと云ったら、香りといい汁気のたっぷりあることといい、こっちあたりで食うのとはあんまり違うので驚きましたよ。
「旨いのを現地で食べて、まずいのだけ出荷するんじゃないか」
って聞きたくなりましたがね。
この八郎潟の干拓が決まった時に、そのことを陛下に申し上げたら、
「水は流れるべき理由があって流れ、溜るべき理由があって溜っているんだから」
無理をしないようにという仰せでしたがね、それで思い知らされたことがありましたよ。
九月の幾日だったか台風の日でね、五時に大雨が東京を襲うというので、三時には用を済ませて大磯へ帰るつもりだったのだが、もう日比谷公園の傍が水が出ていてね。第二京浜国道はどこやらが通れなくなっているんだ。廻り道をして、やっとの思いで夜中になって帰宅しましたがね。これなんか無闇と堀を埋めちまって水はけを悪くしたせいでしょうね。