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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 页

青空文庫

「羅刹谷としてあるな」

「俗称、そう呼んでいるらしゅうございまする」

「羅刹谷か。……うん、よかろう。仮の宿だ」

「庁の役人や雑役も、多勢やって、さっそく手入れ掃除などさせおきましたゆえ、いつなりと御宿所入りを」

「わかった。なにぶん兵も疲れている。いずれ庁へも罷るが、仲時どのへは、よしなに」

「探題殿にも、ちょうど、鎌倉の御使長井縫之助殿とのお打合せやら何やらで、今は暇もないゆえ、他日ゆるりと、小松谷のご自邸へでもお招きしたいものと申しておられました」

「長井が上洛中なのか」

「極密の御用とやらで」

「それは、さぞ」

高氏は自分へうなずいた。――後醍醐のご処分にかかわる秘事だなとすぐ察しがつく。

なぜなら、初め彼は宿所なども求めず、一路東国へ帰ろうと願っていた。ところが、自分のみならず、諸軍へも同様に、ここしばらく無断帰国は相ならず、という鎌倉の軍令を、ついおととい頃、手に受けていたからだった。

「――発つぞ」

やがてのこと。午の腰糧もすませ、野営をもたたませると、

「用意」

の号令が兵にくだる。

高氏は先頭の馬に乗った。

その前を、武田伊豆が例の“宿所割”の図面を持って先駆して行った。