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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 页

青空文庫

今朝の春霞は、人霞と変じている。

すべて、後醍醐の御車が通る道すじには、万一にそなえて、検断所の兵がすきなく配置されていたから、それを目あてに一般の男女もひしめきあっていればよかった。

六波羅より、七条を西へ、大宮を南に折れて、東寺の門前に、車をおさへらる。

物見車、所狭きほどなり。若きも老いも、尼法師、あやしき山賤まで、(中略)おのおの目押し拭ひ、鼻すすりあへる気色ども、げに憂き世の極めは、今に尽しつる心地ぞする。〔増鏡〕

これで見ても、東寺附近の雑鬧ぶりがわかる。ひとつには、ここは洛内外の関門でもあるから、さいごのお別れを――と念ずる有縁の人々が、馬、車を立て並べ、笠、被衣、頭巾など忍び姿を群集に紛らせて、待ちかまえていたことでもあろう。

帝も、それを察しられたか、

「道誉、道誉」

と内からお声があって、

「――所願なある。しばし南大門の前で、車を駐めい」

と求められた。

たえず車副のかたちで、帝のお近くにいた佐々木道誉は、すぐ馬を回して、同役の千葉ノ介貞胤、小山秀朝らにはかり、それの配置を作った。

御車を南大門の正面にとめ、また、あたりの群集を遠くへ追い払って、自己の警衛軍一千余と、鳥羽までお送りしてゆく六波羅武者の弓箭千五百ほどで、そこの広前を大きく囲み、暫時、御祈願のあいだを待つことにしたのであった。