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かがくのげんかい

科学の限界

中谷 宇吉郎

「心」平凡社、1958(昭和33)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,657 字 · 18 页

青空文庫

人間を含めた場合は、話がむつかしくなるが、もっと手近な自然現象の中でも、科学の手におえない問題がいくらもある。たとえば、目の高さから一枚の塵紙を落してみる場合、紙は右左にひらりひらりとして落ちて来るが、何度くり返しても、全く同じ落ち方をすることは決してない。それで紙がどういう落ち方をするかを、あらかじめ予言することは出来ない。紙がひらりひらりとするのは、空気中に出来る渦によるので、渦は不安定な現象である。現在の科学は、不安定な現象の解明には役に立たない。人工衛星などは、再現可能の原則がもっとも精密にあてはまる力学の原理によっているものである。それで強力なものであり、実現には非常な困難を伴うが、しかしその困難さは、富士山を掘り崩して、駿河湾を埋め立てる困難さと同じ性質のものである。それに比して、一枚の紙の落ち方が解けないという困難さは、科学の本質から来るものであって、困難さの性質がちがっている。火星へ行ける日が来ても、テレビ塔の上から落ちる一枚の紙の行方はわからないのである。

此処で科学の限界の一つが、はっきりして来たわけである。即ち科学の取扱える問題は、再現可能の原則が近似的に適用される現象に限るということである。