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かがくろん
科学論
戸坂 潤
「唯物論全書 第一巻」三笠書房、1935(昭和10)年10月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 142,817 字 · 278 页
なぜなら、もし単なる経験に止まるなら、即ち個人々々の経験であってそれ以上の価値を生まないことをその本来の面目とするものならば、夫は全く経験主義的な而も(当然そうなるが)独我論的な意味に於ける経験でしかあり得ない。個人Aの経験は単にAにとってだけ信用されるのであって、仮に個人Bが之と同じ経験を有ったと号するにしても、経験Aと経験Bとが同じであるかないかは判定の由がない。否、凡そ一致する経験というものはどこにもあってはならない筈だろう。処が事実はそうではなくて、経験は人間社会に於て最も信頼されている処の認識の出発点なのである。単に銘々の個人が自分の固有な経験を独我的に信頼するだけではなく、社会が銘々の個人の固有な経験を信用しているのである。して見ると、経験は個人が経験したということ以外に、個人がやがて経験するだろう処の、そして更に社会の人間が多分経験しただろう又経験しているだろう又やがて経験するだろう処の、否、皆がその条件さえ与えられれば必ず経験する筈である処の、内容であらざるを得ない。で経験はそれ自身に、超経験的な、或いは先経験的な、即ちもはや経験論的ではない処の、或るものを含んでいる、ということになる*。