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ひめられたるそうわ

秘められたる挿話

松本 泰

「苦楽」プラトン社、1926(大正15)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,690 字 · 18 页

青空文庫

彼は後を看護婦に頼んで、二本榎の京子の家へ向った。東禅寺前で電車を下りて、坂を上ってゆくと、擦れ違いに見覚えのある手提鞄を積んだ車が坂を下りていった。浅田は車夫を呼止めようとしたが、ふと考え直して黙って後を尾行けて行った。

人力車は電車通りを右へ折れて、品川の方へ向っていったが、駅の前を通り越して豊陽館という旅館へ入っていった。

浅田は久時して出て来た車夫を捕えて、

「誰のところへ荷物を持っていった?」とだしぬけに詰問した。車夫は刑事とでも思ったのか、

「へい、二本榎の山本さんから頼まれまして、豊陽館にいらっしゃる中西さんという方のところへお届けしたのでございます」とべらべらと饒舌ってしまった。

中西などという名前はついぞ聞いた事がない。妻の親戚にもそんな名前のものはなかった。

浅田は益々怪しく思って、豊陽館へ入って中西という人物に就いて聞糺して見た。

「中西さんと仰有るのは十二番のお客様で、二十五六の立派な紳士です」と番頭が答えた。

その時二階から下りてきた女中が、

「十二番さん、お立ちですよ」と帳場へ声をかけた。それを聞くと浅田は匆々に店を出て、数間先の露路に身を隠した。