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けいこばにて

稽古場にて

岸田 国士

「文学座第五十七回公演・どん底 パンフレット」1954(昭和29)年3月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,431 字 · 3 页

青空文庫

事の序に、フランスで作った映画の「どん底」も古いフィルムを借りて来て観た。この方はジュヴェが男爵に扮し、ギャヴァンがペーペルの役で出ているが、誠につまらぬ映画のようにおもわれた。

稽古場に帰って、皆で感想を語り合ったが、私が座員諸君の注意を促したのは、モスクワ芸術座の「どん底」が、想像以上に明るい印象を与えた、ということであった。それはなんのためか? いろいろ原因はあるが、第一に、こういう生活のなかにもあるロシア民衆の底抜けの楽天性である。しかし、この民族的特質は、やはり、ロシアの俳優でなければ、十分に出せないものではあろうけれど、われわれもそのことを頭において、それぞれの人物のイメージを描かなければならぬこと、演出上の配慮もまた、この一点を忘れては大事なものを失う結果になること、であった。だいたいに、日本人のわれわれは、生活の不幸な面、例えば、貧しさとか、病いとか、怒りとか、争いとか、特に死というような場面を舞台の上に描き出す時、必要以上に感情的な表現をする傾向がある。これは一種のセンチメンタリズムである。感傷の過度は常にヒステリカルな表情になる。