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ほたかだけびょうぶいわにて
穂高岳屏風岩にて
早川 鮎子
「岳人 二六五号」東京新聞出版局、1969(昭和44)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,194 字 · 7 页
私の山行ノートの一頁に、緑ルートの記録が一つ増えると思えばこのチャンスはのがしたくなかった。山は逃げない、しかしチャンスは逃げる。Nと私はどちらからも口を切ろうとしないほど迷っていた。
大テラスからの一ピッチ目、頼むよといってNをみる。ここは左へ向かってアブミトラバースだ。ゆるい。いまにもハーケンがぬけそうで気持が悪い。その根元をじっとみる。そしてアブミをかける。カンカンに照りつけられて青白かったハングも、かげってところどころ赤茶けてみえる。四つほどアブミをかけかえて上部をみあげると、実に大きい。いくつか私の登った岩の中で大きいと思ってみた壁はあまりなかった。もう一度、Nを振りかえってみる。降りるならいまのうちだ。ピッチ数を心の中で数えてみた。一坪テラスまでゆければ上々である。
「どうしようか」
「どうでもいいよ」とN。
「ルビコンをわたるよ」私はシーザーの気持がわかった。「え?」「いくよ」
一ピッチ目の確保点は窪んだ一人用のはずである。どうもここがそうらしい。ザイルは一七メートルほどのびている。二〇メートルあまりのぼると、それから……と虎ノ巻にはかいてあったが、岩場の距離はおおよその場合が多い。