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たちがれ

立枯れ

豊島 与志雄

「改造」1933(昭和8)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,613 字 · 41 页

青空文庫

製作所といっても、元来資本十数万円ほどの小さなものなので、若干の金が出来れば、新社長の手から奪い取れる筈だった。そして彼は職工長として旧社長の恩顧を受けてるし、従業員たちも旧社長の人格を徳としてるので、出来るならば後者の方法を取りたいのだが、新社長との交渉のために、果してどれだけの金があればよいのか、その辺の見当がつかずに困ってるというのである。

「そんなことは、僕には分りませんね。」と中江は答えるより外に仕方がなかった。

「左様でしょう、私にも分りませんから、困りました。」

そうして柴田は、如何なることにも顔負けしないだけの皮膚と脂肪とを備えた顔に、微笑の影さえ浮べないのだった。一体何の用件で来てるのか、更に見当がつかなかった。中江はいらいらしてきて、それを率直に尋ねたのだが、柴田は平然として、旧社長の甥御だからただ御報告にあがったのだと、更に不得要領な返事きりしなかった。その図太い態度を見てるうちに、中江は西田のことを思い出したのだった。彼が口を利いて、組合運動の闘士たることを知悉しながら、伯父の会社に入れてやった職工で、憂欝な影のなかに純情を包みこんでるような男だが、それがこの柴田の下で働いてることを考えると、中江は急に好奇心を覚えた。