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たちがれ
立枯れ
豊島 与志雄
「改造」1933(昭和8)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,613 字 · 41 页
そのほか、別に異状はないようです。血圧をはかるにも及ばないでしょう。……ただ、しいて云えば、神経の衰弱が少しあって、そのため過敏になって、ちょいちょい自覚的な故障を覚える……といった程度のものですね。然しそういうことは、忘れてしまうに限りますよ。衰弱と過敏とが一時にくる厄介な代物ですから、気にすればするほど結果は悪くなる、というようなわけで……。」
そこで彼は一寸微笑をみせて、診察的な眼付を中江の方に移してきた。
「君なんかの方が、よほど病人だよ。りっぱな胃病患者だし、それになお、組織の弛緩てやつで、診察の価値があるね。」
その言葉が、ぽつりと宙に浮いた。というのは、先程から、医学博士小泉省治の前に、キミ子も中江もへんに神妙になってたところへ、診断が――キミ子を安心させるための好意からではあったろうが――ふいに中江の方へとび移ったので、そしてなおいけなかったことには、キミ子が中江の方にちょっと眼をあげたために、二人相並んで被告席についているという立場を、はっきり露出さしたのだった。それがまた、二人の肉体的関係をも露出さしてしまった。初めは思想的同感の伴ったものだったにせよ、今では変に錆びついてしまってる関係だった。