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どうてい
童貞
夢野 久作
「新青年 第11巻第10号」1930(昭和5)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,572 字 · 27 页
とっさの間に言い知れぬ恐怖と絶望に囚われたらしく、眼を真白に見開いて、一心に彼を凝視したまま、ハアハアと喘ぎつづけるのであった。
「……ア……ア……アナタハ……サッキ……ノ……」
彼女はカスレた声でこう言いさしてグッと唾を呑んだ。またも肩をおののかして喘ぎつづけた。
そうした彼女の表情を、彼は何の意味もない眼つきで草の葉越しに凝視していた。彼の脳髄はいつの間にか「死」と紙一重の単純さにまで還元されていた。過去の思い出とか、未来の夢とかいうものはあとかたもなく消えつくして、ただ、現在の感じを、そのままに受け入れる力しか残っていなかった。こうして彼女に直面しても、彼女が何故そんなに驚くのか……何がそんなに怖いのか……そんな事を疑う力さえなくしてしまって、ただ興味のないアヤツリ人形でも見ている気持ちで向い合っているに過ぎなかった。二人はこうして暫くの間睨み合っていた。無言のまま瞬き一つせずに視線をピッタリと合わせていた。二人の周囲の草原が次第次第に夕闇の底に沈んで行くのを感じながら。
彼女はその中にやっと、いくらかの落ち着きを回復したらしかった。小さな唇をヒクヒクとわななかしているうちに、切れぎれな空虚な声を出した。