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きょうそう

競漕

久米 正雄

「新思潮」1916(大正5)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,312 字 · 34 页

青空文庫

久野君時計を見ていてくれ給え。そらいいかい。初めた! 一本二本三本……」と窪田は櫂数を数え初めた。農科の方では無心に力漕を続けている。こっちの七人は息をひそめてだんだん漕ぎ近づいて来る敵艇を見守った。やがて窪田が百本ほど数えると農科の艇は漕ぎやめた。まだこっちの艇までには十分距離があるので、向うではこっちに気がつかぬらしい。ようやく望遠鏡を離した窪田は久野に、「何分かかったい」と訊いた。

「三分と十秒ほどだ」と久野はストップ・ウォッチを見ながら言った。

「ふん。すると彼らは百本の力漕を練習しているのだな。あのピッチじゃ一分間三十六本ぐらいだから」と窪田はまた艇内に寝転びながら、誰れに言うともなく言った。

「奴らのやり方は、どうだい」と久野は心配そうに訊ねた。

「大丈夫だよ」窪田は単純に答えた。

「だって僕らはやっと三分の力漕ができるだけなんだからなあ」と四番の斎藤が静かな奮励を含んだ口吻で言った。

「なあにこれから三日目ごとに一分ずつ増して行けば競争までには楽に五分漕げることになるよ。三分どこが一番苦しいんだ。今の三分力漕を十分仕上げておけばあとの二分はその割に苦しくないもんだよ」