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きょうそう
競漕
久米 正雄
「新思潮」1916(大正5)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,312 字 · 34 页
それも同じ調子でこっちを執拗に追跡して来るのである。何でも向うではこっちがそのうちに漕ぎ疲れて休むだろうから、そしたら漕ぎ抜いて早く上流へ溯ろうというのであろう。そうなるとこっちも意地である。向うが漕ぎやめるまでこっちも漕ごうという気になった。そしてネギとは言い条ほとんど力漕に近い努力で漕ぎ続けた。向うでは相変らずの調子で追うてくる。それでも艇と艇との間にはだんだん隔たりが生じてくる。皆はなおも興奮して小声で「ずんずん抜いてやれ」と囁きながら漕いだ。ところが榛の木林を出外れたところの川の真中に浚渫船がいて、盛んに河底を浚っていたが、久野は一度もこっちへ溯ったことがないので、どっちが深いのか分らず、何でも近い方をと思って船の左側に艇を向けたら、たちまちにして浅瀬に乗り入れてしまった。さあ皆が大いに慌ててバックをして見たが一生懸命漕いだ勢いで泥に深く喰い込んだ艇はちっとも後退りをしない。口惜しいがあまり慌てているのは醜態であるというので仕方なしに休めということになった。その間に農科の艇はこっちの右側を三艇身ばかりのところを「あと三十本、そら!」とか何とか懸け声までして颯々と行き過ぎてしまった。